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2024年3月6日
コラム
労働災害とは、業務が原因となって労働者が負傷、病気又は死亡することを言います。
より厳密には、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」と定義されます(労働安全衛生法2条1項1号)。
ここには長時間労働や仕事上のストレスを原因とする精神疾患なども含まれます。
労働災害が発生した場合に企業が負う法的責任としては、行政責任、刑事責任、民事責任がありますが、ここでは企業が負う民事上の責任を整理したうえで、労働災害が発生した場合の対応のポイントについて解説します。
企業は、使用者として労働災害等の危険から労働者の生命や身体の安全を保護する義務を負います。
これを安全配慮義務(労働契約法5条)と言い、労働契約に基づく債務不履行責任の一種です。
労働災害が発生した場合、企業は安全配慮義務違反を問われて被災者や遺族に対し損害賠償責任を負う可能性があります。
また、労働災害の発生に当たって、企業に故意や過失が認められる場合には、労働者に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うこともあります。
さらに、企業が雇用している者の不法行為によって労働災害が発生した場合には、使用者責任(民法715 条)を根拠に企業に対し損害賠償請求をされる可能性もあります。
このほかにも、企業の保有する自動車による交通事故で労働災害が発生した場合には、自賠法上の運行供用者責任(同法3条)を根拠に企業に損害賠償請求がなされるケースもあります。
労災事故が発生した場合には、事業者は所轄の労働基準監督署へ「労働者死傷病報告」を提出する義務を負います。
中でも死亡や4日以上の休業を要する傷病の場合には、遅滞なく提出しなければなりません。
報告を怠ったり虚偽の報告をしたりすると、刑事責任を負う可能性もあります(いわゆる労災隠し)。労働者死傷病報告は、示談や裁判でも重要な証拠となります。
そのため、正確な事故状況を調査したうえで作成するのが望ましいのですが、上記のとおり遅滞なく提出しなければならないという時間的制約もあります。
そこで、作成時点で事実関係が不明確な場合には、「不明である」「調査中である」などと記載しておくことでも足ります。
労働者死傷病報告の作成と並行しつつ、企業内部でも事故調査を進めることになります。
事故現場の状況を保全して写真や動画など客観的な記録として残すとともに、被災者や目撃者等から聞き取りを行ったうえでその内容を書面にしておくのが望ましいでしょう。
被災者や遺族との間で紛争を生じさせないためにも、労働災害発生の場合に被災者や遺族に寄り添った対応をすることが重要です。
被災者や遺族への説明や労災保険申請への協力など、被災者・遺族との無用なトラブルを生じさせないためにも、できる限り迅速かつ誠意を持って対応する必要があるでしょう。
反対に、被災者や遺族との関係が紛争に発展すると、企業は民事責任を追及されることになります。
民事責任の追及とはひとえに損害賠償請求であり、金銭の請求にほかなりません。
被災者や遺族が請求する損害としては、治療費や逸失利益などの財産的損害と精神的損害(慰謝料)が含まれます。
企業としては、請求される損害の範囲や額が、裁判の基準に照らして適正なものかどうかを見極めつつ、労働災害発生の原因に被災者側にも落ち度が認められる場合には、過失相殺の主張を検討します。
また、被災者や遺族が労働災害に関する損害の補填を別から受けている場合には、損益相殺の主張も考えられます。
この段階になると、法的知識が必須となってくるので、被災者・遺族側も企業側も弁護士を代理人に選任するケースが多いと思います。
示談交渉がまとまらなかった場合には、裁判に進むことになります。
基本的には被災者・遺族側が原告となって企業を訴えるケースがほとんどでしょう。
裁判は示談交渉の延長上にあるので、示談交渉の段階で争点を明確化しておくと、裁判が無用に長期化することを避けられます。
なお、裁判に進んだとしても、判決にまで至るケースは少なく、裁判所から和解案が提示され、それを受諾することにより終了することがほとんどです。
先ほど損害賠償請求は金銭請求であると述べましたが、他方で被災者や遺族にとっては単にお金の問題ではなく、企業に事案の究明や謝罪、再発防止を要望しているというケースも多いでしょう。
示談段階においてもそうですが、被災者や遺族の心情を汲み取りつつ、事案の解決に向けて柔軟な対応をしていくことが重要となるでしょう。
このように、労働災害は解決までに様々な段階を経ていきます。
要所ごとに専門家である弁護士のアドバイスを得ながら対応していくのが望ましいでしょう。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年1月5日号(vol.288)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。